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東北再出発応援日記バックナンバー

北村東北財務局長

 東北財務局長の北村です。
 これから多くの方の声をお聞きし、試行錯誤しながらも我々の役割、我々にできることは何かをたえず考えながら全力で取り組んで参ります。

2013.6.11

 東北地方は、これまで「食料供給基地」であるとともに、「エネルギー供給基地」であると称されてきました。エネルギーについては、地球温暖化問題や震災後のエネルギー政策の見直しの議論の中で再生可能エネルギーが注目されています。わが国の自然環境は、多くの火山を抱えており、また山岳地帯に源を発する急流河川が多いことも特徴です。本来わが国は再生可能エネルギーの潜在力を秘めた国土に恵まれてもいるのです。
 エネルギー資源の大半を海外からの輸入に依存する日本にとって、地熱は貴重な純国産資源と言えます。なかでも東北は東日本火山帯に位置し、地下数kmから数10kmのところに太平洋プレートの日本海溝への沈み込みにより発生したマグマ溜まりが眠っています。マグマ溜まりは1000℃もの高温で周囲の岩石を熱し、この熱せられた岩石中に地表から雨水や地下水が割れ目を通って到達すると地熱貯留層と呼ばれる200~300℃の熱水あるいは蒸気の溜まり(プール)を形成します。地熱発電は、この地中深くにある地熱貯留層から生産井と呼ばれる井戸で蒸気を汲み出し、その蒸気の力でタービンを回して電気をつくります。従って、地熱発電はCO2の排出量が極めて少ないクリーンエネルギーと言えます。(因みに蒸気タービンで仕事を終えた低温の蒸気は、復水器で凝縮されて水になり、その一部を還元井と呼ばれる井戸を通して再び地中深く戻されます。)

【提供:東北電力】

 現在、日本には18箇所の地熱発電所があり、合計出力は約54万kW。そのうち、東北電力(株)の地熱発電所は4箇所5基、合計22.3万kWで、全国の地熱発電設備の4割強を占めています。東北地区では当社以外でも地熱発電を行っており、それらを含めた合計出力は27.1万kWとなり、全国の約50%を占め、東北は地熱エネルギーの宝庫と言えるでしょう。
 その一つ、柳津西山地熱発電所は、福島県柳津町にあります。千葉一教所長にお話を伺いました。同発電所は、単一ユニットでは日本最大の出力6.5万kWを誇ります。21本の生産井と2本の還元井などを保有している奥会津地熱(株)(三井金属鉱業(株)の100%子会社)から蒸気の供給を受け、当発電所がタービンを回して発電する形です。地熱発電設備は、火力発電所等にくらべるとボイラなどがなく、シンプルな構成になっており、かつ出力も安定しています。地震等による緊急停止はあるものの、発電異常などによる緊急停止をしたことはないそうです。発電所は通常無人で運転し続けますが、平成12年度からは東北電力(株)の地熱発電所4箇所5基は秋田火力発電所から遠方監視する運転方式を採用しているとのことです。
 但し、柳津西山地熱発電所の場合、民家が近い(700m)ことから、大きな音を発する冷却塔周りに防音壁を設置し、騒音低減に努めていることが特徴です。現地でその効果を実感しました。また湯量・成分調査なども定期的に実施されているようです。地元柳津町の井関庄一町長のお話では、町が仲立ちとなって住民や地元温泉事業者との話し合いの場を作ってきた結果、今日大きなあつれきもなく操業が出来ているとのことです。関係者のご努力により地域との共存が図られていることがよく分かりました。

 福島市にある土湯温泉では、地元温泉協同組合などが出資する(株)元気アップつちゆが主体となり、温泉熱の余剰分を活用した「バイナリー発電」事業へ向けた準備が進んでいます。汲み上げた温泉の熱で沸点の低い特殊な液体を気化させてタービンを回し発電する方式です。昨年7月から始まった再生可能エネルギーの全量買い取り制度を利用して東北電力(株)に売却、利益は東日本大震災後疲弊した温泉街の復興事業に充てるのだそうです。このほか、磐梯朝日国立公園内に大規模な地熱発電所を建設する計画もあるようですが、地元との協議が続いているようです。地熱発電への期待は大きいものがありますが、いずこも地元温泉関係者の理解を得ることが不可欠です。是非とも地熱発電と温泉の共存共栄を実現してほしいと願います。

 奥会津を流れる只見川は、阿賀野川水系の最大支流であり、水力発電の分野においてわが国有数の位置を占めています。尾瀬沼を源に阿賀野川に注ぐ只見川は、国内有数の豪雪地帯を流域に持ち、その流路のほとんどを峡谷で占める急流河川です。水力発電には格好の条件を備えた河川であることから、明治時代以降、幾度も電源開発計画が検討されてきました。

【提供:只見町観光協会】

 戦後、荒廃した国土を復興するために電源開発の重要性が一段と高まり、国土総合開発法(1950年施行)に基づき指定された只見特定地域総合開発計画として、東北電力(株)と電源開発(株)が事業分担する形でダム建設がスタートします。只見川流域には田子倉発電所(1959年完成)、奥只見発電所(1960年完成)をはじめとした25の水力発電所が設置されています(合計最大出力は約241万kW)。上流域にある田子倉発電所と奥只見発電所はいずれも電源開発(株)が管理していますが、ダム総貯水容量は、奥只見ダムが6億100万m3で日本第2位、田子倉ダムが4億9400万m3で同第3位となっています。(1位は揖斐川の徳山ダム6億6000万m3

 エネルギー供給の面で大きな貢献をしている只見川ですが、その大きな水量と急流であることから、時として流域に災害をもたらします。「平成23年7月新潟・福島豪雨」の災害の復旧状況を見て回りました。同年7月27日から30日にかけて、新潟県中越・下越地方、福島県会津地方を襲った集中豪雨により、新潟県では河川堤防が決壊するなど、福島県側では7カ所で橋梁が落橋するなど大きな洪水被害が発生しました。(*「福島財務事務所長から」バックナンバー参照;平成23年9月29日平成24年2月24日
 被災した福島県金山町の長谷川律夫町長にお話を伺いました。同町内の復旧工事は落橋した二本木橋、西部橋などの北陸地方整備局への工事委託などにより順調に進んでおり、今年度内に終了する予定だそうです。但し、JR只見線でも3カ所で橋梁流失するなど大きな被害となり、会津川口駅~只見駅間で運行停止となっていて、再開の見込みがないことを危惧されておられました。因みに、JR東日本は復旧には工事費は約85億円、工期4年以上との試算を発表しています(5月22日)。

【金山町二本木橋(被災前) 提供:福島県土木部】

【金山町二本木橋(被災後) 提供:福島県土木部】

【金山町二本木橋(H25.5.17復旧状況) 提供:福島県若松建設事務所】

 金山町はピーク時(昭和35年)には1万人以上いた人口が2633人(平成22年)にまで減少し、高齢化率54.8%に達する限界自治体の一つです。町では総務省の「地域おこし協力隊」を募集した結果、最終的に4名を隊員として受け入れることとなったそうです。隊員は3年間の農業体験などをしながら、年間200万円の報酬と住宅支援や車のリースを受けることができるそうです。当町への定住に繋げていきたいと長谷川町長は語られます。当町の高齢化率は著しく高いのですが、100歳を超える長寿者が15名もおられると聞き、驚きました。現在、全国に100歳以上の高齢者は約5万1千人いるとのことで、全人口に占める比率は約0.04%となります(H24.9.1現在:総務省並びに厚生労働省調査より試算)。対するに金山町の場合は、これが0.56%となり、全国の10倍以上の割合となる訳です。自然あふれる当町は1次産業従事者が多く、高齢になってからも体を動かす機会が多いことが健康長寿の源となっているのかもしれません。
 金山町のとても良い話を伺いました。本年度、町内にある県立川口高校の入学生徒が大幅に増加したそうです。人口減少と少子化の著しい進行に伴い、同校の存続が危ぶまれていたそうで、募集定員70名に対し、23年度の入学者32名、24年度30名と定員の1/2以下のこの状態が3年続けば分校化される、文字通り瀬戸際でした。先生方の必死の募集活動など関係者のご努力により25年度はなんと58名の新入生を迎え、分校化を免れることとなったそうです。国立大学への進学率などの教育実績のPRに加え、通学費や寮の食費の半額補助という金山町・昭和村・三島町(25年度からは柳津町も加わる)の財政支援の存在は、この学校の存続を強く願う地域の思いそのものだと感じます。奥会津の大自然に抱かれ、支えあいの精神で生きる地元の方々に愛される生徒たち「一人ひとりが光輝く主人公」となる教育を目標とするこの学校の末永い存続を心から願います。

 さて、福島県は県内総生産構成比でみる製造業のウェイトの高い地域(福島23.2%、東北16.4%、全国19.5%:平成22年度、全国は暦年)で、多くの個性的なものづくり企業が立地しています。会津美里町にあるルービィ工業(株)もそうした企業の一つです。オイレスベアリングという、自己潤滑性を有する軸受(ベアリング)の加工専門メーカーです。一般に、機械には必ず広い意味での軸受があり、大別すると転がり軸受とすべり軸受とに分かれます。一般のすべり軸受は高荷重、運動形態、温度条件、給油やメンテナンスの不備などによって「焼き付け」が起こります。オイレスベアリングは、このような一般のすべり軸受では性能を維持できない過酷な条件下でも、優れた耐久性と性能安定性などの特性を発揮し、機器の高性能化とメンテナンスフリーを実現するのだそうです。オイレスベアリングは、橋脚の支承部分、ダム用ゲート、クレーン車、二輪車・四輪車などの幅広い分野で使用されているのですが、あまり目に触れることのない部品です。人間に例えると手足の関節に近い機能でしょうか。

写真4

 当社は昭和46年に神奈川県座間市に設立されますが、工場の増設を検討する中で、福島県の企業誘致の案内を知り、いくつかの候補地の中から、平成元年に現在地に工場を進出させ、平成4年には座間工場を閉鎖し完全移転しています。当社の阿部進代表取締役社長にお話を伺い、工場を見せていただきました。当地の優位性は、土地に余裕があり、生産ラインの拡張が容易なことと、優秀な人材確保が可能であることだそうです。それまでの神奈川の工場では、当時の経済状況の影響もあり人材確保に苦慮していたそうですが、当地において工業高校卒業者、大卒者などの優秀な人材を採用することが可能となったことが近年の当社の躍進の原動力だと阿部社長は語られます。
 近年の受注の急増に対応し、平成23年には隣接の土地(会津若松市)に第3工場を増設し、親会社(オイレス工業(株):東京都港区)の関連設備も新工場に集約することになったようです。これにより生産能力は従来の2倍となるそうで、当該工場の増設には農地法の関係で会津若松市長(当時)の後押しにより短期で許可を得ることができたと感謝しておられました。因みに、当地は河川に近く地盤は砂利等であることから、水はけも良いうえに振動にも強く、東日本大震災の影響は全くなかったそうです。
 オイレスベアリングの開発・改善は秋田大学や東北大学の協力を得てなされ、特許は親会社にあるそうですが、阿部社長は中国や韓国には簡単には輸出できないと言われます。カタログを見ただけですぐに「似たり品」(外観は全く見分けがつかないほどの出来栄えながら、強度・機能面で非常に劣悪なもの)が出回ってしまうためです。現在はインドでの二輪車の生産ペースが高水準で、その重要保安部品であるオイレスベアリングの量産に追われておられるようです。当然ながら価格競争は厳しいようで、インドでの現地生産の可能性も視野に入れておられるようです。
 工場を拝見すると、随所に中古の機械を当社で改造・改良しておられることが分かります。しかも幾つかの機械から構成される、一つの製品の製造ラインを基本的に一人の社員に任せる形になっています。この工場を見たときに思い出したのは、トヨタ自動車東日本(株)の白根社長のお話です。東北には道具や設備を自分でメンテナンスし、手足のように使う風土・文化があり、これはものづくりの原点であるというものでした。当社は神奈川から拠点を移した会社ですが、ものづくりの神髄は共通しているということでしょうか。行きかう社員の平均年齢がとても若いようで、伸びゆく当社の活力を象徴しているようでした。

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