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2011年3月25日

 3月22日(火)、石巻市を訪問しました。港の中心部から広大な住宅地区まで、完全に破壊されていました。本店が被災した石巻信用金庫と石巻商工信用組合は、本部を近隣の支店に移して、懸命に金融機能の維持に努めておられました。石巻信金では、未だ安否確認のできない職員がおられるとのことです。石巻商工は、地震後4日間全く連絡がつかず、本当に心配していましたが、理事長以下役員全員の無事が15日にやっと確認されました。石巻市の亀山市長は、地場産業である水産加工業と日本製紙の工場が壊滅状態であることから、国のバックアップの必要性を訴えていました。当面の問題としては、がれきの置き場の確保が必要とのことでしたので、財務局としては、がれき置き場として利用可能な国有地のリストアップをし、情報提供しました。
 
 3月23日(水)、多賀城市、塩釜市、南三陸町を訪問しました。多賀城市では、当初1万人の人が避難所で生活していましたが、現在は6000人程度に減少しています。仮設住宅の建設見込みについては、菊地市長は、450人の市職員のうち150人が避難所の手伝いに行き、市役所の機能がマヒしていたため、未だ仮設住宅の入居希望者の人数が把握できていない状況で、今後相談したいとのことでした。
 塩釜市では、当初8000人が避難所で生活していましたが、電気、ガスが8割以上復旧し、現在では1000人程度に減少しています。佐藤市長もがれきの置き場の確保が急務であるとしています。がれき置き場の問題は、津波被害にあった市町村全体の問題であり、かつ喫緊の課題と考えられます。
 南三陸町は、あまりに悲惨です。町の7割が完全に消滅しています。見渡す限りがれき、がれきです。甲子園球児だった佐藤町長は、津波に呑まれながら、防災センターの屋上の手すりに掴まり、生き延びた方です。避難所兼町役場となっている高台の総合体育館を訪問した際、町長は雑炊をすすりながら、復興への熱い思いを語られるとともに、国の全面的な支援の必要性を訴えておられました。
 三市町に共通した当面の最大の問題は、ガソリン、軽油、灯油の不足です。
 なお、3月23日に、管内金融機関に対しまして、年度末を控え、中小企業者に対する適切かつ積極的な金融仲介機能を発揮していただくよう「災害等を踏まえた年度末金融の円滑化について」を、財務局長名で発出しました。
 また、福島県より、避難する妊婦用の宿舎の要望がありましたので、即日、31戸を提供することの内諾を行いました。

 3月24日(木)、南相馬市、相馬市を訪問しました。南相馬市は、津波の被害もさることながら、原発から30キロ以内の屋内退避地域に位置することから、風評被害の問題が大きくなっています。風評から、トラックの運転手が市内に入らず、食料等の物資が極端に不足し、街の機能が停止しているようです。桜井市長が住民の県外避難を推進していることもあって、7万人の人口が現在2万人程度に減少しています。市長から国の支援を強く求める話があり、当方からは、未利用地、宿舎等の情報提供を行っている旨をお伝えしました。南相馬市に本店を置くあぶくま信用金庫は、屋内退避地域であることから、一部の役職員が本部に寝泊りしながら、地域の金融機能の維持に努めておられました。
 原発から30キロ以遠に位置する相馬市は、支援物資は届いているようでしたが、あの風光明媚な松川浦は、見るも無残な姿に変貌していました。海水に浸かった広大な水田を前に、立谷市長は、復興への熱い思いを語られていました。
 なお、3月24日に、被災中小企業に対して災害時の金融上の措置の周知が徹底していないことから、金融が円滑に機能していないのではないかとの問題意識の下、中小企業団体に対して、「災害に対する金融上の措置」を傘下会員(中小企業者)に周知していただくよう要請しました。
 また、宿舎の提供に関して、4月1日の人事異動を凍結した官署が出てきたこともあり、25戸の利用可能宿舎が出てきましたので、宮城県に追加の情報提供を行いました。

(石巻商工信用組合本店)

(南三陸町防災庁舎)

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