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2012年6月28日

 大震災から1年3ヶ月余りが経過しました。被災地の復旧・復興の状況を改めて確認するために、6月に入ってから、順次、福島県、宮城県、岩手県の沿岸部の市町村を訪ねました。

(あぶくま信用金庫亘理支店)

 6月5日(火)、宮城県の海岸線の道路を南下し、福島県の相馬市、南相馬市を訪問しました。途中、南相馬市に本店を置くあぶくま信金が、震災後に宮城県の亘理町に開設した支店に寄りました。この店舗は、全国の信用金庫から、被災したあぶくま信金に対して贈られた支援金を活用して建てられたものです。支店の壁には絆の文字が大きく掲げられており、全国からの支援の気持ち、被災地域の復興への想いを 象徴しているようです。

(水没した南相馬市小高地区)

 南相馬市の小高地区は、20キロ圏内の警戒区域に指定されていたことから、震災直後の現場がそのまま保存されており、中に入るとタイムスリップしたような感覚を覚えます。埋立てにより農地・宅地となった広大な土地はすっかり水没してしまい、大きな湖のようになっています。携帯した線量計で放射能を計ると、0.1ミリシーベルト程度と、福島市内や東京のホットスポットに比べてもかなり低い値を示していました。にもかかわらず、1年以上も放置を余儀なくされていたわけです。

 6月7日(木)、宮城県の気仙沼市から、岩手県の陸前高田市、大船渡市を回りました。
 気仙沼漁港では、訪問した当日に、今年初めての一本釣り漁船の水揚げが行われ、魚市場が活気づいていました。しかしながら、高台から町を一望すると、水産加工の工場群が集積していた魚市場の後背地には、未だ何もなく、茶色の地面が広がっています。そのような中で、漁港区域を拡大して、漁港の一角として水産加工団地を整備するプロジェクトが動き出しており、1日も早い水産業の復興が期待されています。
 陸前高田市に入ると、凛として立つ「奇跡の一本松」が目に入ります。その周辺に積み上げられたがれきの山では、分別作業が急ピッチで進められています。一方で、かつて街の中心であった方に目を向けると、剥き出しの建物の基礎の間に草が生い茂っている光景が広がり、手付かずの状態です。市街地は土地の嵩上げを行った上で整備を行い、海岸地域の低地の住宅は高台に集団移転させる計画です。
 大船渡市では、「かもめの玉子」で有名なさいとう製菓を訪問しました。本社は津波で倒壊しましたが、主力工場が被災を免れたことから、震災後1ヶ月足らずで生産を再開しました。被災地のお菓子として、お土産や贈答用に需要が拡大し、今では震災前の水準を超える生産をしています。

(被災したままの大槌町役場庁舎)

 6月21日(木)、岩手県の釜石市から沿岸部を北上し、大槌町、山田町、宮古市、野田村、久慈市を経由して、青森県の八戸市まで回りました。
 釜石市では、岸壁に打ち上げられていた巨大な輸送船も姿を消し、町の至るところで重機が働き、復興に向けての槌音が聞こえていました。
 しかしながら、大槌町に入ると、がれきの山で数台の重機が動いているものの、何も無くなってしまった街の中心だった地区では、未だ工事は始まっておらず、被災した役場庁舎も無残な姿を晒したままです。復興計画では、2~10メートルの嵩上げを行い、市街地を整備することとしています。

(宮古市田老地区の巨大防潮堤)

 宮古市は、中心部の被害が比較的小さいこともあり、復興への歩みが他の沿岸被災地に比べ一歩進んでいるように思えました。但し、総延長2,433メートルのX字型の巨大な防潮堤が城壁のように取り囲む田老地区では、市街地のがれきは除かれたものの、ほとんど手付かずの状態で、住民の大半は高台への移転を 希望しているようです。

 沿岸部の被災市町村においては、マンパワー不足、特に技術系職員の不足、高台移転の用地確保、住民の合意形成、資材の不足・高騰、労務費の高騰など、復興に向けての難題・課題が山積しております。
 そのような中にあっても、岩手県、福島県においては、地域格差はあるものの、全体としては、槌音が徐々に高くなってきているようです。原発問題を抱える福島県の状況は大きく異なりますが、放射能汚染物質の中間保存場所が決まり、除染作業が本格化してくれば、復興への歩みが目に見えてくると思われます。

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